2016年05月16日

監督たち勢ぞろい/Jeunes réalisateurs à Cannes en 1968

溜息の出るような写真がみつかりました。

往年の監督たち11112461_838494819574020_9208009128379358076_n.jpg

クロード・ルルーシュ、ジャン=リュック・
ゴダール、フランソワ・トゥリュフォー、
ルイ・マル、ロマン・ポランスキー  ...

とくると、ヌーベルヴァーグの精鋭たち、胸キュンの方も いらっしゃるかと思います。
若き日の監督たちが勢ぞろいしたこの写真は、1968年のカンヌ映画祭の折に撮影されています。(出典:The Red List)

(On a trouvé une photo qui pourrait donner des frissons à leurs contemporains : Claude Lelouche,  Jean-Luc Godard,  François Truffaut, Louis Malle,  Roman Polanski ... )

代表作
・クロード・ルルーシュ(Claude Lelouche) : 
   男と女(Un homme et une femme - 1966)

 *ダバダバダのスキャットで有名なテーマソング、実はこういう スキャットを初めて(映画に)取り入れたのがこの映画だと記憶しています。

  Un homme et une femme .jpg
写真上 : 「男と女」より。 
ノルマンディ・ドーヴィル海岸。
ャン・ルイ・トランテニャン扮するカーレーサーは、知り合ったばかりの彼女(アヌーク・エメ)を駅まで送ります。そのあとパリまで200km道を車で飛ばし、汽車でパリに戻ってきた彼女を迎えます。驚く彼女。当時はとてもロマンティックに思えました。

   
   
・ジャン=リュック・ゴダール :
(Jean-Luc Godard)

気狂いピエロ, 勝手にしやがれ 他
(Pierrot le fou, A bout de Souffle)

・フランソワ・トリュフォー :
 (Francois Truffaut) 
おとなはわかってくれない,
突然炎のごとく
(Les quatre cents coups - 1959,
Jules et Jim - 1962)

 *「突然炎のごと」は、あっというラストシーンが、いまだに記憶に残っています。ジャンヌ・モローが歌う 主題歌Le Tourbillon (つむ じ風1962))も、映画に魅力を添えています。

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Jeanne Moreau の古いLPがありました! 


1983年の日曜日が待ち遠しい(Vivement dimanche)も、知的で、いわゆる「男前な」アニー・ファルダン(Fanny Ardant) がとてもカッコよかったです。相手役のジャン・ルイ・トランテニャンは、やや影が薄かったような気がします。

・ルイ・マル(Louis Malle) :
 死刑台のエレベータ(Ascenseur pour l'échafaud) 1957
 地下鉄のザジ(Zazie dans le Métro) (1960) - レイモン・クノー原作

*死刑台のエレベーターは、1957年に制作されたサスペンス映画。ネタばらしはルール違反ですから何も言わずに通りすぎます。

ただひとつだけ付け加えると、この映画の中でマイルス・デイヴィスのトランベットが取り入れ られ、これを機会にサスペンス映画にジャズが使われるようになりました。 ここにもジャンヌ・モローが出ています。物憂いトランペットの音が彼女にぴったりの雰囲気を醸し出しています。

夜のパリ、キャフェでフリッパーに興じる若者、トランペットの音、そしてジャンヌ・モロー ... 映像もぜひご覧ください。


 
もっと後の作品「さようなら 子供たち(Au  revoir  les enfants) 」は、非常に繊細でソフトでありながら、強いインパクトを持つ反戦映画です。(1987年)

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      さようなら 子供たち
    (Au reoir les enfants)

ロマン・ポランスキー(Roman Polanski) 
ポーランドの監督。
作品には水の中のナイフ(1962),  ローズマリーの赤ちゃん(1968)などがあります。
戦場のピアニスト(The pianiste) (2002)はまだ記憶に新しいかたもいらっしゃるでしょう。


余談ですが、こうして振り返ると、フランスの男優はあまり印象に残っていないのに、 女優さんのほうは、ジャンヌ・モロー、アンナ・カリーナ、アヌーク・エメ、アニー・ファルダン、カトリーヌ・ドヌーブと枚挙にいとまがありません。 個性的で魅力のある女性が多いということでしょうか。

折しもフランスでは第69回カンヌ国際映画祭が開催中です。

写真資料 : Wikpedia ほか

(この記事は2015年5月14日FB投稿記事を編集したものです。)

   (2016年5月15日YM)

posted by yoko at 09:32| デクヴェルト広場

2016年05月09日

音楽の祭日/Fête de la Musique

「音楽の祭日」というのは、1981年、当時の文化大臣ジャック・ラング(Jacques Lang)の提唱によって始まったフランス発信の催しで, この日は音楽家は(音楽を)無料で演奏し、誰でも無料で聞くことができます。

この催し、今や世界各国で、夏至の頃(6月21日)に行われています。期日が決まっているのは、世界同日開催によって世界がつながるという意義があるからです。

この日フランスの多数の都市では、あちこちの街角で音楽が演奏されていて、道行く人を楽しませてくれます。ジャンルは何でもOKです。

日本では、今年第15回を迎えるこの催し、今年はデクヴェルトも参加できることになりました。
月19日(日)正午くらいから、西宮の北部の舟坂にあるカフェ・レストラン《アリス》で行います。

庭のバラも開花する時期なので、お天気がよければ、広々とした自然味あふれる庭園でサキソホーンの四重奏やアコーデオン演奏を満喫していただけます。 

当日のプログラムは現在調整中ですが、かなりバラエティに富んだものになりそうです。楽しみにお待ちください。詳細は追ってお知らせしますが、3月6日のアコーデオンのミュゼットに引き続き、ミュージシャンも観客も、無心に音楽を楽しんでいただければ幸いです。 思い出に残るようなひと時が共有できますように!
    

   音楽の祭日 2016  160511.jpg
2016年のポスター : 宮古島在住でパリに滞在経験もある
エッセイスト・画家の斉藤昌也さんの作品


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         会場となるCafé-Restaurant Alice

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           レストラン内部から見た庭


            (2016年5月9日YM)

posted by yoko at 18:43| デクヴェルト広場

2016年04月21日

2016年春期新講座のお知らせ

初級   火曜日 12 時40分 または 14 時40分(60分授業)
初級   水曜日 18時30分               (60分授業)
  フランス語が全く初めての方が対象。

プレス  火曜日 19H40 分                          (60分授業)
 フランスの新聞やテレビの記事を使い、フランス社会のいろ
 いろな面をみます。フランス語中級以上の知識のある方対象。
  
 *以上3クラスとも講師は資格を持っているフランス人です。

日本人クラス(Madame Yoko)  木曜日13時15分 初級

*各クラスとも講座は3名以上で開講されます。(定員5名)
*講座の内容が変更される場合があります。
*その他既存クラスについてもお気軽にお問合せください。

受講料(各クラス共通)
受講料入会金:8000円 受講料:11.500円(1回60分/月4回)

詳しいことはデクヴェルトまでお問い合わせください。
電話:0798-38-5700
E-mail : info@decouverte.jp

無料体験レッスン・見学受付中。ご連絡は上記まで(要予約)


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posted by yoko at 13:46| お知らせ

2016年04月18日

Bal Musette à Shukugawa/シュクガワ・バル・ミュゼット

ご報告が1か月余遅れましたが、これから少しずつフェイス・ブックに掲載した記事をブログに転写

していきたいと思います。先ずは2016年3月6日の記事に、手を加えたものです。


この日はデクヴェルトの主催で、パリで活躍するアコーデオン奏者フレディさんのライブを催しました。題して

バル・ミュゼット・シュクガワ。場所は教室近くのミニコンサートホール・コブレンツです。


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バル・ミュゼットとは、20世紀初頭のパリで大

流行した、アコーディオン中心のアンサンブルに

よって演奏される大衆音楽で、人々はこの音楽に

のって踊り、語らい、お酒を酌み交わしました。

このダンスパーティやダンス酒場のことをバル・

ミュセットと呼んでんでいます。これらの酒場は当時は

週末にはどこも超満員だったそうです


ミュゼットとは、もともとはフランスの地方の民族楽器の名称で、ふいご式の(風袋のついた)コルヌミューズ(バグパイプ)のことです。18世紀にフランスの宮廷でも取り上げられ、こちらはミュゼット・ドゥ・クール(宮廷のミュゼット)と呼ばれていました。

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     楽器ミュゼットとコルヌミューズ(バグパイプ)

パリのバル・ミュゼットのルーツは、フランス中央山岳地帯、オーベルニュ地方に伝わる民謡(ミュゼット)で、キャブレット(フイゴ式バグパイプ)によって演奏されていました。その起源は11世紀ごろの吟遊詩人まで遡るといわれています。オーベルニュ地方では、今でもこの伝統音楽が継承されています。


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 上2枚の写真はオーヴェルニュ地方。 
 写真提供は同地方在住の日本人木蓮さん ―
彼女のブログ「フランスの小さな村を旅してみよう」 

19世紀後半になると、パリには多数のオーヴェルニュ人が住んでいました。彼らは11区界隈に集まり住んでいたので、この区域は「オーベルニュ人共同体」と呼ばれていました。彼らは大変勤勉で、ほとんど休みをとらず働きました。唯一の楽しみがこのバル・ミュゼットで、これは何と「共同体のダンス」と呼ばれていました。」大きなサボは床を傷つけるから、素足やソックだけで踊っていたそうです。

一方、1800年代にオーストリアで開発されたといわれるアコーディオンが、イタリアで大人気となります。その後アコーディオンを持ってパリにやってきたイタリア人が、キャブレットによるフランスの民族舞踊に出会います。こうして戦前のパリで生まれたのが、フランスのダンス民謡のテイストにイタリアンな節回しが加味された、独特の「パリ・ミュゼット」と呼ばれる音楽なのです。

 

バル・ミュゼットのブームで一躍脚光を浴びた楽器、アコーディオン。その愛好家は急増し、伝統的なミュゼットを演奏していたキャブレットの方は、次第にパリから姿を消してゆきました。やがてアコーディオンを中心に、バンジョー、ピアノ、そしてサックスなどの管楽器、ジプシーギターやバイオリンなどの編成からなるバル・ミュゼット楽団のスタイルが定着してゆきました。

      ******

さて、この日のライブ、第1部はサロンコンサート風に比較的静かに始まりましたが、幕間のシャンパーニュが効いたのか、第2部は大変なことになりました。手拍子を取る人、立ち上がる人、飛び入りでパダン・パダンやLa vie en rose を歌う人、踊る人、何でもOKです。オー・シャンゼリゼ(Aux Chams-Elysées)の全員合唱には、Fredyさん、嬉しそうでした。

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フィナーレはもちろんフレンチ・カンカン。最初はほんの一人・二人で始まったフレンチ・カンカンの輪、だんだんと人が入り、大きくなっていきます。狭い場所で、椅子にぶつかり、押しやりながら練り歩き、輪が二重になってきます。誰かが言う:「座っていられなくなった...」ウイ。ウイ。それがバル・ミュゼットのエスプリです。Dansons !(踊ろう!)

人の心を動かし、人と人をむすぶ - これがフレディパワーです。そして大切です、時には頭を空っぽにし、無心になれる時間を持つこと。

最後に、この日参加されたすべてのかた、シャンパーニュとオードブルを差し入れてくれた
Tomoko さん、この集いを支えてくださった方々、そしてこんな素晴らしい時間を共有させて
くれたFredyさん、ありがとうございました。 心から感謝します。

 
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  拡がるフレンチカンカンの輪

  
posted by yoko at 17:59| デクヴェルト広場

熊本に寄せて/Pour Kumamoto

4月14日の熊本の大地震で被害を受けられた方々、
心よりお見舞い申し上げます。
1995年、同じ直下型の阪神淡路大地震を経験した私たち
には、とても他人事とは思えません。
今日もなお続く大きな余震 - その規模と頻度が神戸の時
よりずっと多いだけに、さぞかし不安で不自由な毎日を送って
おられることとお察しいたします。
どうか一日も早く落ち着いた生活が戻ってくるようお祈りして
おります。


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日本大好きなFBフレンドJean-Sébastien Delangue
さんからメッセージが届きました : 「今回の天災には
心を痛めています。私の心は日本と共にいます。」

Un message  d’un ami FB Jean-Sébastien Delangue 
nous est arrivé :  ≪ Cette catastrophe me touche
énormément et je suis de tout coeur avec le Japon ≫ 

posted by yoko at 10:54| デクヴェルト広場

2016年02月15日

2016−2月の会話サロン

ご連絡が遅くなりましたが、2月の会話サロンは
2月20日(土)13時30分から行います。
テーマは、日本の節分 –(鬼の意味、豆まきの由来など) 、
および季節がら、フランスのChandeleur (2月2日) について話合います。
シャンドルールは、クリスマス後40日目にあたるキリスト教のお祭りで、この日はクレープを食べる習慣があります。

Avec un peu de retard, nous avons le plaisir de vous faire  savoir que le salon de conversation à thème de février aura lieu ce samdi le 20 février 2016, sur le thème : le Setsubun - qui veut dire "Séparer l'année" .  Ce jour (le 4 février environ) était le dernier jour de l'an selon l'ancien calendrier lunaire. Alors qu'est-ce que nous faisons ce jour-là ? Quel sens a chaque geste ? 

Nous parlerons également de la chandeleur, fête chrétienne,

que l'on célèbre à peu près à la même date.


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この会は毎週授業に来れないかたのために月に1回開く
会話サロンです。なごやかな雰囲気の中で、会話する楽し
さを身につけていただけたら何よりです。

ご参加ご希望のかたはデクヴェルトまでご連絡お願いします。
TEL : 0798-38-5700  E-mail : info@decouverte.jp


posted by yoko at 14:30| お知らせ

2016年02月05日

フレディさんのアコーデオンライブ/Fredy joue à Shukugawa



春3月、パリで活躍中のアコーデオニスト・フレディ・ルセック(Fredy Leseck)さんを迎えてライブを企画しました。シャンソンからタンゴまで何が飛び出すやら? 冬の間縮こまっていた身体がひとりでに動き出すようなフレディさんの演奏にのせて、一緒に歌ったり、踊ったり、ご自由にお楽しみください(飛び入り歓迎)。


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Bal Musette à Shukugawa

日時 : 2016年3月6日(日)14 時

会場 ギャラリーコブレンツ雲井(阪急夙川駅より北へ5分)

参加費:3500円(コーヒーか紅茶付き

(定員40名)      

詳細についてのお問合せ・お申込みは            

電話:0798-38-5700 E-mail : info@decouverte.jp デクヴェルトまでお願いします。

posted by yoko at 11:34| お知らせ

2016年01月22日

2016フランス映画特集(神戸)

今神戸で続々とフランス映画が上映されています。

ちらしグループ4枚組のほうは、神戸アートビレッジセンターKAVC シネマで上映されます。ここでは1月2月はフランス映画特集を行っています。  078-512-5500 http://kavccinema.jp)

ヴィオレット(Violette

・アンジェリカの微笑み (The Strange Case of Angelica)

      (ポルトガル・スペイン・フランス・ブラジル合同映画)

・メニルモンタン 2つの秋と3つの冬

    (2Automnes  3 Hivers

・あの頃エッフェル塔の下で

    (Trois souvenirs de ma jeunesse


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         *****

もうひとつのグループはシネ・リーブル神戸(078-334-2126) で上映されます。

・フランス組曲(Suite française

・愛しき人生つくりかた(Les Souvenirs)

・ディーパンの闘い(DHEEPAN

(ディーパンの使用言語はフランス語とタミル語)


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チラシの解説を引用しておきたかったのですが、時間がない
ため割愛します。チラシは教室の前に常時おいておきます。

   (2016-01-22)

 
posted by yoko at 14:43| デクヴェルト広場

2016年01月20日

2016年初の会話サロン/Salon de conversation de janvier

2016 年第1回土曜サロンは次の要領で行います。

日時:1月30日(土)13H30

テーマ:日仏のことわざ


このテーマは参加者のご希望で設定しましたが、

諺に使われている表現をとおして両国の類似点や相違点を探ってみようという試みです。

たとえば「良薬は口に苦し」がありますが、これが本当に伝えたい内容は、「よく効く薬が苦いように、身のためになる忠告は素直に受け入れにくい」ということです。同じ内容をフランスでは、何に例えているのかを知ることにより、フランス気質や文化・習慣の違いを垣間見る事ができれば楽しいかと思います。


Nous avons le plaisir de vous annoncer que notre prochain salon de conversation aura lieu le samedi 30 janvier 2016 à 13h30 sur le thème proverbes japonais et français

La recherche des expressions utilisées pour exprimer certains faits ou certaines idées nous permettra de découvrir, nous espérons, les différences entre les cultures et les us et coutumes de nos deux pays.

Prenons un exemple 「良薬は口に苦し」

 (Ryouyaku ha kuchini nigashi)》


La traduction mot à mot serait :  ”Les bons remèdes sont amers à la bouche "

Mais en fait cela veut dire ≪ Les bons conseils sont durs à  accepter ≫


Alors comment traduiriez-vous les proverbes suivants en français   ?

虎穴にいらずんば虎児を得ず

(koketsuniirazunba Koji-wo ezu

井の中の蛙大海を知らず

(Inonakanokawazu Taikai wo shirazu)


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   (Le 20 janvier 2016)

posted by yoko at 17:01| お知らせ

2016年01月13日

2016年新年のご挨拶

新年のご挨拶が遅くなりましたが、新しい年が
すべての人にとって、平和で明るい年となるよう
お祈り申し上げます。

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暮れからお正月にかけては、しめ縄を飾ったり
(昔から続いているこのシンプルなのが一番好き
です)、もとデクヴェルト講師のシルヴァン再来日
の折に食事会に行ったり、日仏の友人たちと食事を
楽しんだり、近くの神社にお参りに行ったり、
レットを食べたり、普通に穏やかに過ごしました。

「めでたさも中くらいなるおらが春」と歌った
小林一茶の心境です。

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   (Galette des Rois 2016)

デクェルトでは既にいつくかのイベントの企画が
進んでいます。まもなく発表にこぎつけますので、

楽しみにお待ちください !


                             ***


編集ノート:若い人の中には誤解があるようです
が、「中くらいなる」には否定的なニュアンスは
無く、そんなに悪くない(Pas mal)の意味です。

     (le 13 janvier 2016)


 
posted by yoko at 17:30| デクヴェルト広場

2015年12月31日

火垂るの墓/Tombeau des Lucioles

「火垂るの墓」でフランスでもよく知られている野坂昭如氏が
本年12月9日に亡くなりました。また一人、戦争の証人が
いなくなりました。折しも日本は、第二次世界大戦終戦70
周年にあたる年を今終わろうとしています。

火垂るの墓の舞台は兵庫県西宮市の夙川・苦楽園(満池谷の
ニテコ池)・香櫨園浜・西宮の回生病院など、いずれも筆者の
暮らしている夙川の目と鼻の先にある地域です。

そこで今日は数枚の画像をアップします。それらは冗長な
説明より、筆者の気持ちを遥かに雄弁に語ってくれると思います。

Akiyuki Nosaka devait sa célébrité au dessin animé le
plus triste de l'histoire de l'animation, Le tombeau des
lucioles. Ce film réalisé en 1988 par Isao Takahata, co-
créateur du Studio Ghibli avec Hayao Miyazaki, était
adapté du récit La tombe des lucioles, l'histoire semi-
autobiographique d'Akiyuki Nosaka sur l'errance de
deux enfants orphelins pendant la guerre. Cette œuvre
lui avait valu le prestigieux prix Naoki en 1967. 

フランス語出典)http://www.metronews.fr/culture/
mort-de-l-ecrivain-japonais-akiyuki-nosaka-
auteur-du-tombeau-des-lucioles/molj!nLUTxsjdsENhI/


火垂るの墓ポスター Affiche du film "Tombeau des Lucioles"
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  現在の夙川駅 Gare de Shukugawa d'aujourd'hui
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  夙川堤(春爛漫) Rivière de Shuku en fleurs
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香櫨園浜の隣の西宮浜 Plage de Nishinomiya
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 Jour de l'échange entre les enfants organisé par
  Découverte /デクヴェルトのちびっこ交流の日。

 (Les enfants ce sont les mêmes --- Barbara
   "子供は皆同じ” - バルバラのシャンソンが思いだされます。)

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今年はフランスだけでなく世界中で痛ましい事件が多数発生
しました。今私たちはどんな世界に向かっているのだろう?
時には羅針盤を失った船に乗っているような頼りなさを感じます。

人間は弱い、しかし『考える葦である』はず。

来たる年が穏やかな年となるよう願いをこめて新年を迎え
たいと思います。 皆様も良いお年をお迎えください。


 (Le 31 décembre 2015 YM)

posted by yoko at 12:53| デクヴェルト広場

2015年12月20日

映画パリよ永遠に/Diplomatie 

2015年11月13日のパリのテロから1か月余、パリは
筆者が故郷の街についで長く暮らした街、心が痛む日々が
続きました。
パリが破壊されるというイメージが重なるためか、今しぎりに
思い出されるのは、今年4月頃に見た仏独映画「パリよ、永遠に
(原題はDiplomatie)」です。

第二次世界大戦終結直前、もう敗北だとわかっているヒット
ラーから、パリに駐屯するドイツの将軍の元に「パリを破壊
せよ」という命令が届きます。妻子をドイツに残しているため
命令に背くわけにいかない将軍の苦悩が始まります。
その将軍のところに、パリ駐在スエーデン大使がやって
来て、何とか命令の遂行を思いとどまらせようとします。

映画は大使と将軍のセリフのやりとりだけで進んでいきます。
将軍の一本調子な喋りに対して、大使の話し方はまさに
フランス外交のお手本のような話術。
手に汗にぎる駆け引きが続き、下手なサスペンス映画を
見るよりはるかに面白かったです。

話は同じ場所で、24時間内に起こり、しかも一つの筋だけを
扱っています。これは17世紀の古典演劇のルール、
三一致の法則を連想させます。

夜明け、破壊を免れたパリがその姿を現わし、エッフェル塔や
凱旋門やルーブルなど、有名なモニュメントがひとつづつ
写し出される時、見慣れた光景にほっと安堵するとともに、
静かな感動を覚えました。

原題は "Diplomatie(外交)" ですが、外交駆け引きと解釈
するほうが ピンとくると思います。
   
フランス語データ
Diplomatie (film)
Diplomatie est un film de fiction historique franco-allemand
coécrit et réalisé par Volker Schlöndorff, sorti en 2014.
La nuit du 24 au 25 août 1944. Le sort de Paris est entreles mains du Général Von Choltitz, Gouverneur du Grand Paris, qui se prépare, sur ordre d'Hitler, à faire sauter la capitale. Issu d'une longue lignée de militaires prussiens, le général n'a jamais eu d'hésitation quand il fallait obéir aux ordres. C'est tout cela qui préoccupe le consul suédois Nordling lorsqu'il gravit l'escalier secret qui le conduit à la suite du Général à l'hôtel Meurice. Les ponts sur la Seine et les principaux monuments de Paris Le Louvre, Notre-Dame, la Tour Eiffel ... - sont minés et prêts à exploser. Utilisant toutes les armes de la diplomatie, le consul va essayer de convaincre le général de ne pas exécuter l'ordre de destruction.Adaptation de la pièce de théâtre de Cyril Gély

この映画の基となった歴史的事実とは?(受講生のKOさん
から寄せられたコメント)
第二次大戦で中立国であったスウェーデンのパリ駐在大使 Raoul Nordling は外交官としての才能を十分に発揮した。
3,000人以上の政治犯の釈放を実現し、首都パリの破壊を最低限に食い止めた。1951年に総領事を退任すると、レジオンドヌール勲章グランクロワを授与される。1945年に書かれた回想録は2002年にようやく「パリを救う。スウェーデン総領事の回想録」と題されて出版される(図録より)。

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  (2015-12-20)
posted by yoko at 13:57| デクヴェルト広場

2015年12月17日

Divers/もろもろ

●例年どおり教室にミニツリーがはりました。
小さいながらも生の木を使っています。
りんごのリースは、毎年NMさんが
庭栽培のりんごを使って作ってくださいます。

●2015年秋の仏検の結果が出ました。JMさんが4級
合格、YKさんが準2級の1次試験に合格しました。
おめでとうございます。
YKさん引き続き2次試験も頑張ってください。

●フェイスブックにはアップしたけれど、ブログには掲載
しなかったいくつかの記事を、「今年のまとめ」として
できるだけたくさん(今年中に)アップしていきたいと
思います。

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      (2015-12-17)
posted by yoko at 15:05| お知らせ

2015年12月06日

2015年クリスマス食事会


12月5日、すっかり根を下ろした年末の食事会を、今年も
アラメゾン・ジャンポールで行いました。
メニューは :
オードブル盛り合わせ(写真は割愛)
ブイヤベース
鴨のオレンジ煮
チーズ(コンテ, ブルー・ド・ブレス, カマンベール)
デザート

味もボリュームも満点、ジャンポールさんが "Ils ont faim
(彼らお腹がすいているんだ)” と言いながら、たっぷりと
盛り付けてくれたそうです。

 
新鮮魚のブイヤベース。 魚のスープも見逃せません。
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続いて鴨のオレンジ煮
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 デザート: え?これだけ?とびくっりするから
  Dessert surprise (サプライズ・デザート)
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本物のデザート(この日の朝つくった新作)
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  何故か全員集まりません。みんなどこへ行ったの?

 至福のひと時でした。 Merci Jean-Paul, Merci Yumiko

  (2015年12月6日投稿YM)

 
posted by yoko at 22:38|

2015年11月30日

2015年12月のお知らせ

既に教室ではお知らせしていますが、お知らせがふたつあります。

●年末食事会
日時 :12月5日(土)19時開始
場所 :A la Maison Jean Paul (JR甲子園口)
電話 :0798-64-7719
会費 : 5700円
     メニュー
  オードブル
  ブイヤベース
  鴨のオレンジ煮
  デザート(コーヒーまたは紅茶つき)


●12月の土曜サロン
日時:12月19日(土)13:30
テーマ:各地のクリスマス行事
会費 :3000円
次回はパリとボルド―近郊で生まれたフランス人と
スイス人が参加します。それにケルトのクリスマス模様も
少し加え、各地のクリスマス行事について話合います。

お問い合わせ・お申込みはデクヴェルトまでお願いします。
電話:0798-38-5700
E-mail:info@decouverte.jp



posted by yoko at 12:14| お知らせ

2015年10月02日

松谷武判展2015と具体美術協会

松谷武判展覧会「流れ」- 1010日から大谷記念

美術館で始まります。


ご存じの方も多いと思いますが、氏は関西が生んだ屈指の

美術グループ「具体美術協会」の後期メンバーで、パリ

在住のアーティストです。使用する素材は接着剤(ボンド)。


具体身術協会については、何回かブログに書いていますが、
フランスとの関わりな度を知っている人がだんだんと少なく

なっていくので、もう一度取り上げたいと思います。


具体美術協会は、戦後まもなく自由を求める空気の
中で吉原治良氏によって関西の地に生まれた美術
ループです。創始者のコンセプト『人の真似はするな、
これまでにないものを創れ』が徹底した協会でした。

『まだ内面的な自己が確立していない若い画家が、
何か新しいものを創造しようとうととすると、素材に
走るしかなかった』、とある日松谷さんが語ってくれ
ました。こうして当時世に出始めたビニール接着剤

を使い、作品を制作し始めました。


この「具体」グループを高く評価し、フランスに紹介

したのは, 1957年来日した美術評論家ミシェエル・

タピエMichel Tapié) で、具体グループとフランスが

つながったのもこの時です。


幸運にも筆者は、松谷氏とは古い知り合いで、デク
ヴェルトのインタビューにも応じてもらったことが
あります。写真はその時のものですが、後ろの絵が
作品ではないため、今まで未公開にしていました。
今回初公開です。

IMG_0616.JPG


今回の大谷美術館の展覧会の折には、彼のアフター・

トークが数回持たれるようです。次の三つの理由から

聞きに行かれることをお勧めします。


1. 具体グループの数少ない直接の会員であることと、

 戦後の日本を知っている点。

2. 松谷氏は70代後半なので、今後来日の機会が減少

 するであろうという点。

3. 具体美術協会の『今まで存在したことのないもの

 創る』という厳しいコンセプトを、徹底的に叩き込ま

 れた人である点。


WEBの発達により、極めて簡単に他人のアイデアや作品を
使用できる昨今、自分で創造したり、自分の頭で考える
労を惜しみ、安易な方に流されていく人が多い中で、
ピシっと筋の通った生き方をしておられる人です。
ご本人はいたって淡々としておられますが。

         ***

松谷氏と具体美術協会に関するデクヴェルトの過去Blog

2014年3月13日「松谷氏の作品ポンピドーセンターに」

http://blog.decouverte.jp/article/90344121.html


2012  07-12 「松谷武判氏について」



2012年6月5日「元永定正さんと具体美術協会」

http://blog.decouverte.jp/article/56258771.html

    (2015-10-02 YM)

posted by yoko at 12:54| デクヴェルト広場

2015年09月26日

Découverte - 第7回料理の日

JR甲子園口のフランス郷土料理店「アラメゾン・ジャンポール」
のオーナーシェフJean-Paul さんを招いて、一緒に料理を作り、
試食する恒例の1日料理教室です。

IMG_0318.JPG

メニュー Menu
栗かぼちゃのスープ   Soupe de Potiron
鶏もも肉のシードル煮   Poulet au cidre
おばあちゃんのタルト   Tarte grand-mere
 (サクサク感の林檎のタルトで美味です))
 
日時 : 2015年10月14日 10時
場所: 阪急仁川さらら公益施設(阪急仁川東出口を出て
   左手の建物 ― 会場電話:0798-52-7686 )
会費:5500 円

*所要時間は4時間~ 4時間半ほど
*ご持参いただくもの:エプロン、タオル

お問い合わせ・お申込みは →
 TEL : 0798-38-5700 または090-1133-5700
  FAX : 0798-38-5666  E-mail : info@decouverte.jp

このイベントはどなたでもご参加いただけます。
多数のご参加をお待ちしております。

*メールでご連絡くださったのに、2日以内に当方から
返事がない場合は、メールが到着していない可能性があり
ます。その場合は恐縮ですが再度お電話でご連絡お願い
いたします。 

   (2015-09-26)
posted by yoko at 11:27| お知らせ

2015年09月03日

シャンパーニュとブルゴーニュ、ユネスコ世界遺産に / Champagne et Bourgone, inscrites au patrimoine mondial de l'Unesco !                       


2015年7月4日、シャンパーニュとブルゴーニュが、ユネスコの
世界遺産に登録されたと発表されました。
                      
正確にはこの名誉は、「17世紀冒頭から19世記の産業化
時代にかけて、瓶内二次発酵による発泡ワインの製造法を
発達させた、シャンパーニュのcoteaux, maisons,
caves (葡萄を栽培している丘、シャンパンハウス、 地下の
ワイン蔵)」 に授けられました。

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  (写真出典: Le Monde)

ブルゴーニュについては、全域ではなく、ディジョンの南の
Côte de Nuits (コート・ド・ ニュイ)とBeaune(ボーヌ)
の限定されたぶどう畑と、クリマと呼ばれるぶどう畑のシス
テムが認められました。


日本語文に対応するフランス語の記事もアップしておきます。
Les coteaux, maisons et caves de Champagne
correspondent aux ≪ lieux où fut développée
la méthode d’élaboration des vins effervescents,
grâce à la seconde fermentation en bouteille,
depuis ses débuts au XVIIe siècle jusqu'à son
industrialisation précoce au XIXe siècle ≫,
explique l’Unesco.

Beaune et Dijon récompensés
Les ≪ climats ≫ du vignoble de Bourgogne sont,
eux, ≪ des parcelles de vignes précisément
délimitées sur les pentes de la côte de Nuits et
de Beaune, au sud de Dijon ≫, précise l’organi-
sation. Ces parcelles donnent chacune un caractère
unique au vin.


後書き:
これでユネスコの世界遺産に認定されたフランスのワイン
産地は、ボルドーのサンテミリオン(St-Emilion, Bordeaux)と
合わせて三か所になります。

「瓶内二次発酵とは何?」とか、「クリマとは?」というかたは、
ぜひデクヴェルトのワイン会にご参加ください。

ちなみに瓶内二次発酵とは、シャンパーニュの製法のことで
文字通り一端アルコール度数の低いワインを作り、さらに
それを瓶に移し, 発酵させることです。

デクヴェルトでは、ワインの話はもちろんのこと、ワインに
関連する歴史や文化の話をしながら、飲み比べをします。


ワインは食事のお供として、楽しく飲むのが一番です。
「私は飲めない」と言っていた人がワイン会でおかわりしたり、
「ワインは受けつけけない。」と言っていた友人が、時間を
かけながらも、ほぼ1本飲み干した時は、ホスト側としては、
本当に嬉しいものです。ホスト冥利に尽きると同時に、
ワインは文化だと感じる一瞬です。
 

(この記事は、2015年7月9日付Face book に投稿した
記事を編集したものです。) 
         
             (2015年9月3日YM)
posted by yoko at 21:23|

2015年08月30日

ジャズとシャンソンの出会い/La rencontre entre le jazz et la chanson

シャンソンと言うと、日本では戦前・戦後の恋の歌ばかり、と
思っている人がまだまだ多いようですが、シャンソンというと、
フランス語で歌われている歌すべてをを指します。したがって
フレンチポップはもちろん、ロック、レゲイ、ラップなど現代の
ジャンル、さらに民謡(chanson  folklorique)ど伝統的な
歌も網羅しています。

その中でもジャズとフランスとの縁は深い、と筆者には思え
ます。
ジャズの故郷と言われ、1722年にルイジナ州の州都となる
ニュー・オルリンズは、1718年、フランス系の移植者たちに
よって建立され、その名もフランスのオルレアン公にちなんで
Nouvelle Orléans(新オルレアン)と名づけられました。

1910年頃には、この地域では黒人の人口が65%以上を
超えます。ヌーベル・オルレアンは芸術・音楽の激動地となり、
ブルースやジャズが台頭、ルイ・アームストロングやシドニー
・ベケットなどのジャズ界の巨匠を生み出すことになります。
参考に、フランスのシャンソン歌手クロード・ヌーガロの
レパートリーの中にも、≪Armstrong ≫というタイトルの歌が
あります。

French Quater.jpg
 (写真はニュー・オルレアン French Quater)


その後1930年代には、フランスにゆかりの深いギタリストの
ジャンゴ・レインハルト(Django  Reinhartd)が、ジプシーの
伝統音楽とスイング・ジャズを融合、マヌーシュ・スイング、また
はジプシージャズと呼ばれる音楽ジャンルを確立しています。

            *******

ジャズをシャンソンに導入した人と言えば、シャルル・トレネ
(Charles Trenet)、ボーリス・ヴィアン(Boris Vian)、
アンリ・サルヴァドール(Henri Salvador),  セルジュ・
ゲインスブール(Serge Gainsbourg), クロード・ヌーガロ
(Claude Nougaro), ジルベール・ベコー(Gilbert Bécaud)
など枚挙に暇がありません。

 
その中で、今日は特に≪ Le Jazz et la java ≫ を取り
上げます。

Dave Brubeck と言えばTake Five” で有名なジャズの
大御所ですが このアルバムの中に、"Three to get ready"
というハイドンの一節をテーマにした1959年発表の曲が
はいっています。

これをフランス人のClaude Nougaro (クロード・ヌーガロ)が
取り上げ、フランス語の歌詞をつけて歌ったのが、"Le Jazz
et la Java"  (1962年)で、アメリカから来たジャズとフランス
生まれで下町代表のジャヴァのせめぎ合いをテーマにして
います。 ジャヴァは早いワルツの(8分の6拍子)ダンスミュー
ジックで、必ずアコーデオンが入ります。

 
Youtube のアドレスを記しておきますので、お聞き比べください。

1.Brubeck (Three to Get Ready)
https://www.youtube.com/watch?v=xmaC4WwspS4

2.Claude Nougaro (Le Jazz et la Java)
https://www.youtube.com/watch?v=zmRgXOw1o3A

3.さらにこれをごく最近(多分2012年)、実力派女性歌手の
ZAZ(ザズ)が歌っています。ストリート出身のZAZは、溢れる
パワーと魅力に溢れる生きのいい若手歌手です。


この時のZazのバンドには、ジャズを象徴するドラムと、
ジャヴァを象徴するアコーデオンの両方がはいっているので、
 珍しいドラムとアコーデオンの二重奏が楽しめます。
少々短いのが残念ですが。

ZAZ 0367.JPG

歌詞の一部だけ引用しておきます。
Le Jazz et la Java – Paroles de C.Nougaro

 Quand le jazz est
 Quand le jazz est là
 La java s'en
 La java s'en va
 Il y a de l'orage dans l'air
 Il y a de l'eau dans le gaz
 Entre le jazz et la java


 
参考資料:
Wikpedia – Nouvelle Orléans
Django Reindhartd
生きているジャズ史:由井正一
New Orleans 写真ソース :eventityinc.com

    (2015-08-30 YM)

posted by yoko at 18:16| シャンソン

2015年08月21日

Boris Vian - LA JAVA DES BOMBES ATOMIQUES / 原爆のジャヴァ

シャンソン作詞家、小説家、劇作家、俳優、ミュージシャン
(ジャズトランペット奏者)、翻訳家、エンジニア、そして
パタフィジシアン...
サンジェルマンデプレの鬼才ボーリスヴィアンは、39歳の
若さでこの世を去りました。駆け抜けた、と言うほうが
あたっているでしょう。

彼が書き残した数多くのシャンソンの中で、今日は特に
「原爆のジャヴァ」を取り上げたいと思います。戦後70年、
そして原爆投下後70年を忘れないために。

ユーモアとエスプリに満ちたこのシャンソンは、軽快な
ジャヴァのリズムに乗って、原爆とそれとめぐる人間の愚か
さを痛烈に揶揄しています。1955年に書かれながら、なぜか
この歌は古びてはいません。喜ぶべきか悲しむべきか...


Auteur de chansons, romancier, dramaturge,
acteur, musicien (trompettiste), traducteur,
ingénieur et encore pataphysicien…, Boris Vian,
enfant prodige de Saint-Germain des Prés des années
50 a conn sa mort prématurée à l'àge de 39 ans.

Parmi ses nombreuses chansons, je voudrais citer
tout particulièrement "La java des Bombes
atomiques", à l'occasion de la70ème anniversaire
de  la fin de la Guerre.

A travers cette chanson, pleine d'humour et d'esprit,
l'auteur se moque sévèrement, au rythme joyeux
de java, les bombes atomiques et les  sotises de
personnalités qui les entourent.

Ecrite en 1955, elle ne se fait pas sentir du tout vieillie
aujourd.hui.

  (Fiat le 15 août 2015, à l'occasion du 70ème anniversaire
  de la Fin de Guerre)
Boris Vian __.JPG

原爆のジャヴァ
 
歌詞は非常に長いので、ポイントのみ訳して
おきます。
   
     大意
僕のおじさんは、日曜大工で有名
アマチュアだけど原爆をつくっている
おじさんは爆弾Aや爆弾Hを製造しているが、
問題はその射程半径が3.5 メートルしかないことだ
おじさんは、毎日改良に改良を重ねる。
だんだんと年を取っていったおじさんは、
自分の脳が、もはや脳ではなく
ホワイトソースだと言う


射程範囲が小さい、それならばとおじさんは
一計を思いつく。
実験が終局に近いことを知った大国の首席たちが
おじさんの小屋に集まった。
彼らが小屋に入ると、おじさんは
すぐさま彼らを閉じ込めて、
「おとなしくするんですよ」と言った。
そして爆発... あとには何も残っていなかった。
こんな結果を前にしても、おじさんは
臆せず、大馬鹿を演じた。
法廷ではぼそぼそと、
「皆様、これは恐ろしい偶然です。
私は良心の命じるままに、
神の前で誓いますが、
あれらの性悪たちを退治して、
フランスの役に立ったと思います。」


人々は困惑し、
彼に死刑の宣告をし、
それから大赦を与えた。
彼に感謝した国家は、
彼をただちに政府の首席にした。

(Youtube)

LA JAVA DES BOMBES ATOMIQUES

Mon oncle un fameux bricoleur

Faisait en amateur

Des bombes atomiques

Sans avoir jamais rien appris

C'était un vrai génie

Question travaux pratiques

Il s'enfermait tout' la journée

Au fond d'son atelier

Pour fair' des expériences

Et le soir il rentrait chez nous

Et nous mettait en trans'

En nous racontant tout


Pour fabriquer une bombe " A "

Mes enfants croyez-moi

C'est vraiment de la tarte

La question du détonateur

S'résout en un quart d'heur'

C'est de cell's qu'on écarte

En c'qui concerne la bombe " H "

C'est pas beaucoup plus vach'

Mais un' chos' me tourmente

C'est qu'cell's de ma fabrication

N'ont qu'un rayon d'action

De trois mètres cinquante

Y a quéqu'chos' qui cloch' là-d'dans

J'y retourne immédiat'ment

        

         U

Il a bossé pendant des jours

Tâchant avec amour

D'améliorer l'modèle

Quand il déjeunait avec nous

Il avalait d'un coup

Sa soupe au vermicelle

On voyait à son air féroce

Qu'il tombait sur un os

Mais on n'osait rien dire

Et pis un soir pendant l'repas

V'là tonton qui soupir'

Et qui s'écrie comm' ça

 (この部分異なるヴァージョンあり)



A mesur' que je deviens vieux

Je m'en aperçois mieux

J'ai le cerveau qui flanche

Soyons sérieux disons le mot

C'est même plus un cerveau

C'est comm' de la sauce blanche

Voilà des mois et des années

Que j'essaye d'augmenter

La portée de ma bombe

Et je n'me suis pas rendu compt'

Que la seul' chos' qui compt'

C'est l'endroit où s'qu'ell' tombe

Y a quéqu'chose qui cloch' là-d'dans,

J'y retourne immédiat'ment



        V

Sachant proche le résultat

Tous les grands chefs d'Etat

Lui ont rendu visite

Il les reçut et s'excusa

De ce que sa cagna

Etait aussi petite

Mais sitôt qu'ils sont tous entrés

Il les a enfermés

En disant soyez sages

Et, quand la bombe a explosé

De tous ces personnages

Il n'en est rien resté


Tonton devant ce résultat

Ne se dégonfla pas

Et joua les andouilles

Au Tribunal on l'a traîné

Et devant les jurés

Le voilà qui bafouille

Messieurs c'est un hasard affreux

Mais je jur' devant Dieu

En mon âme et conscience

Qu'en détruisant tous ces tordus

Je suis bien convaincu

D'avoir servi la France

On était dans l'embarras

Alors on l'condamna

Et puis on l'amnistia

Et l'pays reconnaissant

L'élu immédiat'ment

Chef du gouvernement


   (2015-08-21 YM)

posted by yoko at 20:41| シャンソン